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本当は怖い情報科学

情報系大学院生の趣味&実益ブログ。

「知的能力は父ではなく母から受け継がれる」というトンデモ記事について

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研究者ではない心理学系メディアの記事が、転載に次ぐ転載を経て「米国の専門家の新しい発見によると~」 となって世間を震撼(?)させるまでの過程を追いかけました

※ 私は生物学・遺伝学・心理学の専門知識はありません。素人です。あしからず。

発端

Feedlyでニュースを見ていたところ、この記事が随分とバズっていたようです。

学者、どちらの両親から子どもが知性を受け継ぐか明らかにする

(正直、あまりリンクは張りたくはないのですが…)

これは、一言で言えば「知的能力は父ではなく母から受け継がれる」という内容で、かなりショッキングな 「発見」に、皆さん悲喜こもごもの反応をしているようです。まあ、直感的に「トンデモ学者の飛ばし記事だろうな」という予測はつくのですが、一応調べておきましょう。日本語でも英語でも、いくつもの反論記事が載せられています。

kenko100.jp

さらに興味がある方は、下記の2つの英語のサイトが参考になるでしょう。ForbesとQuoraです。

No, Research Has Not Established That You Inherited Your Intelligence From Your Mother

Is it true that intelligence is inherited from the mother? - Quora

ただし個人的に気になるのは、「健康百科」では

近年、ゲノムの解析技術が目覚ましく進歩し、ついに結論が出た。頭が良くなる遺伝子はなく、知能は遺伝子で決まるものではないことが分かったのだ。

と書いてあるのですが、これはこれで本当なのか?という気がします。教授本人がそういったのか、記者の方が勝手に書いたのかどうかわかりませんけど。「知能」という言葉の定義が曖昧ですが、直感的に考えると「全く関係ない」というのも飛ばしすぎなのでは…?と思います。しかも、遺伝が知能に与える影響って、「ゲノムの解析技術が上がったから」ってわかるものではないと思うのですが…。この手の話はセンシティブな話題になりがちで、一線の研究者がおおっぴらに話すのが難しいという事情もありそうな気はします。

natgeo.nikkeibp.co.jp

一応書いておくと、遺伝的な影響は別として、子供の知能の発達に母親が及ぼす影響が大きいというのは事実です。 知能の発達には、特に幼児期の体験・健康状態が大きく影響します。 そして、幼児が接する時間が最も長いのは母親であるケースが多く、母親による子供への接し方が知能の発達に大きく貢献します。 例えば、絵本を読み聞かせるなど様々な知的刺激を与えれば、子供の知能の発達には良い影響があるでしょう。 逆に、テレビを見せたまま放置したりすれば悪影響があるのは明らかです。 これについては各所で触れられているので深入りしません。

発生源はどこか

さて、話を本題に戻しましょう。興味があるのは、そもそもの発端がどこかということです。 情報を辿っていくと、とある記事が「Second Nexus」というウェブサイトに掲載されたことによってバズったようです。

おおもとはこの記事です。

http://www.psychology-spot.com/2016/03/did-you-know-that-intelligence-is.html

この記事を書いた人物、Jennifer Delgado Suárezという方です。LinkedInの経歴によれば、キューバのUCLVという大学で心理学の 修士号を取得、その後大学での勤務後にメディアサイト事業を立ち上げた方のようです。

https://es.linkedin.com/in/jennifer-delgado-su%C3%A1rez-31887118 http://www.intextos.com/p/about-us.html

さて、肝心の記事の内容ですが、うーん。 正直あまり深く追求する気にならないのですが、この記事によれば「conditioned gene」なるものが重要で、 “origin”(父親由来か母親由来か)によって働きが違うそうです。 しかしこの用語、検索してみても、この記事(とその派生記事)しか出てこなくて、正体がよくわかりません。

conditonal geneなら、「条件遺伝子」という概念はありますが、「発生元によって」挙動が決まる なんていう話は見かけません。

さらに、

Mother's genes go directly to the cerebral cortex, those of the father to the limbic system

(母親の遺伝子は直接に大脳皮質へ行き、父親の遺伝子は大脳辺縁系に行く)

え?え?え?

ちなみに、Jenniferさんはきちんと(?)参考文献を列挙しているのですが、それらが全体的に古い。 知能の遺伝に関するものは2001年、「知能関係の遺伝子はX染色体に密度が高い」というようなものです。 論文のタイトルを見渡しても、本文と関係ありそうな論文はありませんね…

上記の「健康百科」の記事でインタビューに答えられている東大の石浦教授は、かなり紳士&真摯なお方のようで、 元になったサイトを直接的に批判・検証するようなことはしていらっしゃいません。

 石浦教授によると、遺伝的に知的障害がある家系を調べると、原因となる遺伝子がX染色体に乗っていることが多い。そのため、X染色体には何か知能に関係する遺伝子があるのではないかと、かつては考えられていたという。ここから、冒頭の説が浮上したようだ。

ギリギリ言えるのは、QuoraでDrew Smith博士が述べているように、X染色体に知能(あるいは知的障害)に関係する部分が多いとすれば、男性のそれは母親由来である、ということくらいですね(男性のX染色体は必ず母親由来なので)。

Quoraの元記事に対しての反応は、要するに「いろいろ混同してバカジャネーノ」ということのようです。

流行までの過程:飛ばし系メディアに転載され…

上記のような記事なのですが、それがGlobal Newsというサイト上で紹介されたときには、”New research says”(新しい研究によると)、”According to recent findings”(最近の発見によると)となっていて、いつのまにやら「新しい」「研究」だということになっています。

http://globalnews.ca/news/2945023/mom-genes-new-research-says-intelligence-is-inherited-from-mothers/

上でも述べたように、これは「研究」ではないし、Jennifer Delgadoさんはお世辞にも「Researcher」ではないし、ましてや「Recent findings」でも「New research」でもありません。それが、このようにeye-catchingな見出しとともに転載に次ぐ転載をされ、いつのまにやら真実であるかのように広まってしまったのは悲しいことです。

さらに、それが日本語のサイト

https://jp.sputniknews.com/science/201609222802655/

に転載されたときには「このような結論に至ったのは米専門家だ」と、いつの間にかJenniferさんはアメリカ人の専門家になってしまっています。 しかも、Global Newsの記事では「Intelligence(知能)」と書いてあるところが、この記事では「IQ」ということになっています。

ちなみに、「グローバルニュースが報じた」と書いていますが、元記事やその他情報ソースへのリンクは一切なし。 百歩譲ってGlobal Newsの飛ばし記事を翻訳・紹介しただけだとしても、こういう改変はやめてほしいものです。

このように、古い論文を引用・曲解した飛ばし記事が、ニュースメディアによって「専門家によると…」と尾ひれがついて 転載され、このような衝撃的な見出しとともに広まってしまう現象は見ていて物悲しいですね。 残念ながら時間は有限ですが、常に「自分の頭で考え、調べる」という習慣をつけたいものです。

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